虹色の雨

ありのままにひたすら綴る

嫌な感覚

はぁ~。地震で5時過ぎに起床。
地震が起きる前触れ、もうわかっちゃった。
ぐっと冷え込んで突風が吹いて
カラスが鳴いてぶわっとあたたかくなって
犬がそわそわして
地震どかん。
徳島が震度3でこっちは1か2なんだけれど
私の部屋は2階だから揺れが倍増する。
そのため小さな一瞬の揺れでもハッとしてしまう。
おまけに私は地震が苦手だ。
うちの家はかなり古いから大きな揺れには耐えれそうにない。
話は変わるけれど統合失調症の男性は
就労も難しいためかなかなかパートナーができなくてしんどそうだけど
統合失調症の女性はパートナーがいる。
かなりの確率でいる。
ある統合失調症の女性のブログを定期的に読むのだけれど、好きな人がいたり知り合った人と急接近したり
少しブログを見ないうちにパートナーができていて同棲していたり…。
もちろん彼女は仕事もしている。
いざとなれば頼れる両親もいて家族にも恵まれている。
で、そこで私は自分の現実に向き合うこととなる。
どうして私には誠実な男性が寄ってこないのかという現実。
夢を持っていた二十歳の頃は、ふと気づけば隣には男前過ぎる大好きな彼氏がいた。
今はどうだ?
夢はあるか?
…。
トリマーを断念し
スピリチュアルカウンセラーを断念し
仕事はドクターストップで断念し
婚活は男性不信で断念し
友達づくりも交際費が苦しくて断念し…。
ただ毎日家にこもり、月1で通院する日々。
生きるために障害年金受給を目指して申請のスタンバイをしている。
まさか自分が障害者だったとは…。
この現実に未だに逃げ出したくもなる。
統合失調症でも治療をすれば夢は叶う…とブログの彼女は強く語る。時にはビックマウスだ。
その強さに私は卑屈になりそうになる。
症状は多岐にわたるが、どうやら私は彼女のタイプと似ているのだ。
なのに私は何一つ変化を起こせてはいない。
病歴は呆れる程長いのに
通院はまだ1年半しかしていない。
スタートが出遅れ過ぎている。
しかも彼女は私よりも年下だ。
人生を謳歌しつつある彼女に対して余計に焦る。
まぁ、焦ったところで何にもならないんだけれど。
で、もうひとつ愚痴というか、思うことがある。
統合失調症の女性は美人が多い気がする。
たとえ同性愛者であっても魅力が溢れていて
ほとんどの確率でパートナーがいる。
私もたぶんかなり同性愛者なのだが
3年交際した精神的にも経済的に頼りになる素敵な彼女を
しつこくつきまとうストーカーだと思い込んで振ってしまった。
すぐさまやり直したいと伝えたけれど、彼女にはもう新しい彼女ができていたのだ。
この時ばかりは自分の病を心底恨んでしまった。
あれ以来、他人と仲良くなれずにいる。
6年もパニック障害みたいなものに翻弄されていた。
通院もせずに孤独に完治させた。
損をする生き方をしているようで…
このままではこの繰り返しで人生が終わってしまいそうで…。
どうすればいい?
どうすれば昔みたいに輝けるのだ?
叶わぬ片想いですら純粋な光に変換させて生きていたあの頃が懐かしい。
なぜか普通にモテていた。
今はどうだ?
…全くモテてはいない。
交際を申し込まれる流れは変わらないけれど
相手のレベルが極端に下がってしまった。
そんな相手すら拒まない自分。
昔ならば考えられない決断だ。
自信がなくなってマイナスになり
昔みたいに気に入らない相手を切り捨てられなくなってしまったのだ。
それが不運の始まりなのに弱さもあって…。
6年ぶり?に異性と肉体関係にまで発展させてしまった。
で、そこで学んだことは
妥協たっぷりの愛のない肉体関係は毒素もたっぷりだということ。
確かに独特なまだ知らなかったアダルトな快感はあるのだが
その何倍も非常にドロドロとした気持ち悪さもあって…
私はすぐさま拒絶&逃亡した。
相手は快感を求めてしつこく追ってくる。
自宅付近まで偵察に来たことも多々あった。
一時的に病状も悪化した。
自業自得だが苦しかった。
「なぜ私はまわりみたいに異性と幸せになれないんだ…死にたい…。」
そんなことばかり考えていた。
今はもう落ち着きをとりもどして安定している。
まぁ、婚活をしたきっかけは
お隣のお姉さんが電撃結婚(出産)したからなのだ。
ずっと大好きだったお姉さんがいきなり知らない男性に奪われてしまった衝撃は大きかった。
私が生きてこられたのはお隣のお姉さんがいたからなのだ。
再発を繰り返すたびに不思議とお姉さんは実家に帰って来る。
夕飯を食べるためだけに帰って来てくれた。
辛い症状でも、ふとお姉さんのほがらかな声が聞こえると泣いて喜んでいた私。
婚活は私にとっては立派な自傷行為なのだ。
わけもわからず咄嗟にショックを他のショックで埋めようとした。
ショックがただ2つになっただけなのに楽になれた気がした。
あとで後悔した。
昨日の診察でそれを話した。
同じ女性である主治医は純粋に聞いてくれた。
男性であればちょっと違って見られていたかもしれないけれど、やはり主治医が女性だと打ち明けやすかった。
気づけたことは成長だ。
あとは自分の速度で歩くしかない。
どんな時も歩いていよう…そう思えた。

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